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最低賃金の目安、上げ幅が大きいのは東京ではなかった——Aランク54円、B・Cランク56円が意味すること

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最低賃金の目安、上げ幅が大きいのは東京ではなかった——Aランク54円、B・Cランク56円が意味すること

「賃上げのペースが落ちた」で片付けると、読み違える。厚生労働省が7月28日に公表した令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安は、Aランク54円、Bランク56円、Cランク56円。引上げ額の目安が小さいのは、東京・大阪・愛知を含むAランクの6都府県のほうだ。全国加重平均で見た引上げ率は4.9%(昨年度は6.3%)、上昇額は55円(昨年度は66円)——平均値だけを見れば、確かに鈍化している。ただし目安は「引上げ額の目安」であって、確定した最低賃金額ではない。実際の金額は各地方最低賃金審議会の答申を経て、都道府県労働局長が決定する。減ったのは負担の総量ではない。塗り替わったのは、負担の地図のほうだ。


KEY POINTS

表面深層母集団・単位
引上げ率は4.9%、昨年度の6.3%から鈍化 ランク別の目安額はA54円に対しB・Cが56円。平均の鈍化と、B・Cランク側の目安額が大きいことは同時に起きている 引上げ率・上昇額は全国加重平均ベース。目安額はランク別(A=6都府県/B=28道府県/C=13県)の引上げ額
目安どおりなら全国加重平均は1,176円 厚労省の原文は「仮に目安どおりに各都道府県で引上げが行われた場合」と条件を置いている。確定した最低賃金額ではない 全国加重平均の試算値(厚生労働省)
中央最低賃金審議会が目安を答申 答申の1項は「その金額に関し意見の一致をみるに至らなかった」と記す。労使が金額で折り合わないまま、公益委員見解を地方に示す形で決着した 第75回中央最低賃金審議会 答申(2026年7月28日)
上半期の「飲食業」倒産は509件 細分類の居酒屋(酒場,ビヤホール)が118件、「人手不足」関連倒産は36件で前年同期の2.2倍。地区別では九州が64.1%増 東京商工リサーチ集計、2026年1-6月、負債1,000万円以上の「飲食業」倒産

何が答申されたか

答申が示したのは「引上げ額の目安」であって、来年度の最低賃金額そのものではない。

7月28日、第75回中央最低賃金審議会(会長:藤村博之)が令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安を答申した。宛先は厚生労働大臣・上野賢一郎。厚労省の注記によれば、都道府県は「経済実態に応じ」てABCの3ランクに分けられており、現在Aランクが6都府県、Bランクが28道府県、Cランクが13県となっている。

ランク都道府県引上げ額の目安
A(6都府県)埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪54円
B(28道府県)北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡56円
C(13県)青森、岩手、秋田、山形、鳥取、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄56円

仮に目安どおりに各都道府県で引上げが行われた場合、全国加重平均は1,176円になる。この場合の上昇額が55円(昨年度は66円)、引上げ率に換算すると4.9%(昨年度は6.3%)。いずれも全国加重平均で見た数字だ。

1,176円という数字が一人歩きしやすいので、原文を引いておく。

「仮に目安どおりに各都道府県で引上げが行われた場合の全国加重平均は1,176 円となります」

— 厚生労働省『令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について』(2026年7月28日)

「仮に」で始まる試算だ。決まった金額ではない。今後は各地方最低賃金審議会が地域の賃金実態調査や参考人の意見を踏まえて調査審議し、答申を行い、各都道府県労働局長が地域別最低賃金額を決定する。自店の時給に効いてくるのは、この先の決定のほうである。

見出しになりにくい一行も答申には入っている。1項にこうある——「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安については、その金額に関し意見の一致をみるに至らなかった」。労使が金額で折り合わないまま、公益委員の見解を地方審議会に示す形で決着した、ということだ。

目安が小さいのは東京のほうだった

Aランク54円、B・Cランク56円。数字の並びはそれだけで、都市と地方の順序が入れ替わっている。

上の表をもう一度見てほしい。Aランクの6都府県に54円、Bランクの28道府県とCランクの13県に56円。示されたのはこれだけだ。

報道の見出しは「引上げ率4.9%」で揃う。あの4.9%は全国加重平均でみた数字であって、全都道府県のどこにもそのまま当てはまらない。平均が鈍化したことと、自店のある県に示された目安額が大きいことは、矛盾なく両立する。

飲食店の言葉に置き換えるとこうなる。東京の店主が「今年は上げ幅が小さいらしい」と聞いた話は、鹿児島の店主にはそのまま通用しない。同じニュースを見ても、開いている行が違う。

倒産統計を重ねると、動いている地区が見えてくる

目安額が大きい側の地域では、倒産件数のほうが先に動き出している。

東京商工リサーチ(TSR)の集計によれば、2026年上半期(1-6月)の「飲食業」倒産は509件、前年同期比5.3%増。TSRは「上半期では、2年ぶりに増加し、1997年以降の30年間で初めて500件台に乗せた」と記している。この調査は全国企業倒産(負債1,000万円以上)のうち、日本産業分類の「飲食業」を集計したものだ。母集団はここまでで、届出のない廃業は入らない。

細分類では「居酒屋(酒場,ビヤホール)」が118件(前年同期比31.1%増)で、TSRは「初めて100件を超えた」としている。要因別では、食材や水道・光熱費などの「物価高」倒産が86件(同53.5%増)、「人手不足」関連倒産が36件(同125.0%増)。人手不足のほうは前年同期の2.2倍に急増した、というのがTSRの説明だ。

地区別の並びが、今回の目安と重なる。

地区件数前年同期比
近畿169件2.3%減
関東136件4.8%減
九州64件64.1%増

TSRは9地区のうち増加は4地区としている(いずれも同社集計、2026年上半期、負債1,000万円以上の「飲食業」倒産)。

断っておくと、上半期の倒産は今回の目安が示される前の出来事で、因果ではない。TSRの地区区分と厚労省のランク区分も別の体系だ。それでも、今回のランク表を横に置くと重なりは残る。九州の各県は福岡がBランク、佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島がCランク。沖縄もCランクに入っている。件数が64.1%増えた地区は、示された目安額が56円の側にすっぽり収まっている。

規模の話も添えておく。TSRの集計では資本金1千万円未満が461件、構成比90.5%。同社は「小・零細規模の飲食業では、人手不足に加え、食材などの価格上昇が大きな負担となっている」と書いている。数字が示しているのは大手の退場ではない。

答申12項に、補助金の名前が並んでいる

答申には金額以外の項目がいくつも続く。そのうち12項が、制度の名前を具体的に挙げた。

「中小企業省力化投資補助金、デジタル化・AI導入補助金、業務改善助成金等の各種補助金・助成金や、省力化ナビ、各都道府県の生産性向上支援センター等の業種横断的なサポート体制の充実及び活用促進に取り組むことを要望する」

— 中央最低賃金審議会『令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について(答申)』12項(2026年7月28日)

末尾の三文字を読み落とさないでほしい。「要望する」だ。これは政府に対する要望であって、新しい補助金が創設されたという発表ではない。既存の制度について「充実及び活用促進」を求めた一文にとどまる。制度の中身がこの先どう変わるかは、まだ何も決まっていない。

5項にも業務改善助成金が出てくる。事業場内で最も低い時間給を一定以上引き上げ、生産性向上に取り組んだ場合に支給される助成金について、「最低賃金引上げの影響を強く受ける中小企業・小規模事業者がしっかりと活用できるよう充実するとともに、具体的事例も活用した周知等の徹底を要望する」とある。

周知の徹底を、審議会がわざわざ答申に書き込んだ。ここからは筆者の読み方になるが、制度はあるのに現場まで届いていない、という認識が前提にあるのだろう。省力化の投資を促す仕組みが答申に名指しで並ぶ一方、その名前を知らないまま次の改定を迎える店が相当数ある、という構図だ。

本当の意味

問うべきは「賃上げのペースが落ちたか」ではない。「どこに、どれだけ乗るか」が入れ替わったこと、そちらだ。

全国加重平均の引上げ率4.9%は、昨年度の6.3%より低い。数字としてはそのとおり。ただ、その平均が自店の給与台帳に降ってくるわけではない。Aランクの店とCランクの店では、示された目安額が違う。

負担の総量が軽くなったのではなく、負担の地図が塗り替わった。そう読み替えたほうが、答申の形に近い。上半期の倒産509件のうち資本金1千万円未満が461件、構成比90.5%を占めている状況で、目安額の大きい側に地方が並んだ。この二つの数字は別々の調査から来ているが、同じ方向を向いている。

そして、まだ何も確定していない。地方最低賃金審議会の答申と、都道府県労働局長の決定が残っている。決まってから動くか、目安の段階で置いておくか。この数週間の差が、来年度の資金繰りの前提を変える。

飲食店が今やるべきこと

  1. 自店の都道府県がどのランクかを確認する: Aは6都府県だけで、それ以外はB(28道府県)かC(13県)。示された目安額が違う。ただし目安は確定額ではないので、地方最低賃金審議会の答申と労働局長の決定は必ず追いかける。
  2. 決定を待たずに、人件費の置き方を先に作る: 使う数字は自店のランクの目安額(A54円/B56円/C56円)。全国加重平均の4.9%ではない。時給がいくら動くと、シフトのどこが崩れるのか。決まってから電卓を叩くと、対応は次の期にずれ込む。
  3. 答申に出てきた制度の名前を控えておく: 中小企業省力化投資補助金、デジタル化・AI導入補助金、業務改善助成金。答申は政府に「充実及び活用促進」を要望した段階であって、内容の変更が決まったわけではない。それでも、名前を知らないまま使わずに終わる、という状態だけは避けられる。

参考資料

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